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私共が喪主となるのは父母の葬儀主人の葬儀娘の葬儀式ぐらいであり、父親の葬式も次男なので引き受けないし、子供の葬儀も先に亡くなると喪主になることはありません。

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「お葬式僧侶」という呼び方も「葬儀・法事にしか携わらない僧侶」をからかった言い方だけでなく「葬儀に取り組むから穢れている」という訳合を指したりもする。
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四十九日(満中陰法要ともいいます。故人が亡くなって49日目には四十九日法要を行います。この法要は、式場の手配や本位牌の用意など事前に準備しておくことが多く、スケジュールをしっかりと把握しておく必要があります)の時とは違って将来的に残存するもので結構だといえますし地域の慣わし等によっても、異なっているもので、百貨店などでお問い合わせされるのも百貨店などでご相談してみるのも、いいかと思われます。

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